【講演録】財務指標と組織風土を両立させる持続可能なエンゲージメント経営

コーン・フェリーでは2024年6月19日に「財務指標と組織風土を両立させる持続可能なエンゲージメント経営」と題するオンラインセミナーを開催しました。以下はその講演録です。動画は< https://vimeo.com/961997024 >でご覧いただけます。

 

コーン・フェリー シニア クライアント ディレクター 岡部 雅仁

 

■財務情報と非財務情報の最適バランス

今、多くの日本企業に共通の経営テーマとして「財務情報と非財務情報」というのがある。財務情報については、日本企業の株価や企業価値が相対的に割安と言われる中で、資本効率を高めることを株主から求められている。非財務情報については人的資本経営の文脈で、人の状態をどう可視化し、必要な投資を行っていくか。この財務と非財務をどうバランスさせるか、大きな課題となっている。財務に偏ると、目の前の利益を追求するあまり人への投資が抑制されかねない。一方で非財務に偏ると、従業員の働きやすさやDE&Iなどを重視しすぎることで、本業の業績が疎かになりかねない。本セミナーでは、非財務の典型的指標としての社員エンゲージメントがこれらにどう関連しているかを、データを用いながら紐解いていく。

 

■グローバル好業績企業と日本企業の財務指標比較

まずはグローバル好業績企業と日本企業の財務指標を比較する。ここで言う「好業績企業」は、財務指標と社員エンゲージメントの掛け算で算出した。財務指標についてはS&P Capital社のデータベースから、成長性、収益性、資本効率性に関連する11項目を抽出し、半分以上が業界平均を上回っている企業を「財務の好業績」と定義した。社員エンゲージメントについては、コーン・フェリーのエンゲージメント調査で測定した「働きがい(Engagement)」と「働きやすさ(Enablement)」の2つの結果指標から9問の肯定的回答率を抜き出し、ベンチマークの中央値以上に位置する企業を「非財務の好業績」と定義した。

その結果、グローバル全体で財務指標と従業員エンゲージメントが共に高い「好業績企業」はグローバル全体で対象となった約300社のうちの約2割の65社となった。残念ながら日本企業はゼロという結果だった。財務指標項目数が業界平均を上回った「財務の好業績」はグローバルが37%に対して日本企業は24%、従業員エンゲージメントが全体の中央値を上回った「非財務の好業績」はグローバル53%に対して日本企業は3%という結果になった。

次に、グローバル好業績企業と日本企業を比較すると、全11指標において差があることが分かる。売上総利益(粗利)率など2倍近い差がついている項目もある。これは資本効率があまりよくないことを表している。そうすると優秀人材の獲得など人的資本経営を実践しようにも、そのための原資が不足してしまう。鶏と卵の議論になるが、その原資を獲得するためにも財務指標側にも改善の余地があると言える。

同じデータを使って日本企業の分布を見ると、大きなばらつきがある。いくつかの指標においてグローバル好業績企業を上回っている日本企業もある一方で、全体的にはグローバル好業績を下回っており、ヒト・カネも含めた投入資本に対するアウトプットは低いというのが現状だ。

なお、財務指標とエンゲージメントの関係性の話になると、エンゲージメント数値が1上がるごとに売上高はいくら上がるのか、といった話を持ち出されることがある。しかし、分布と相関を見ると相関係数は0.4に満たない程度なので、あまり強い相関があるとは言えない。エンゲージメントは業績にインパクトを与えるものの、色々な変数があるため数式化や予測モデルを作ろうとしても難しいということをご理解いただきたい。

 

■エンゲージメントと財務業績との関係性

では、エンゲージメントと財務業績との関係性をどう捉えるべきか。これについてはコーン・フェリーが提唱している「7サークルモデル」が活用できるのではないか。図表にある通り、最終組織に影響を及ぼす内部因子7つの関係性を示したものだ。業績は根源的には人が生み出すため、人・リーダー(「リーダーの思考・行動特性」)が中心となり、ビジネスラインと呼ばれる青色の「ビジョン・戦略」「戦術・計画」「体制・役割分担」の順で製品・サービスを作っていく。もう一方のオレンジ色がピープルラインと呼ばれるもので、「リーダーシップスタイル」によって戦略を実行し、「組織風土」によってエンゲージし、最終の「業績」を出していくというプロセスになっている。そして、ビジネスラインとピープルラインの両方がかみ合うことで最終業績は生み出される。ビジネスライン側は、自社のそもそもの成長性、収益性、資本効率性といった骨格とも言えるもの。その骨格の上でピープルライン側、つまり日々の業務活動の判断や行動の質・量・スピード等の実行力が差を生む。どういうビジネスモデルでどこのマーケットで戦うのかといったビジネスライン側の骨格があまりに脆弱だと、ピープルライン側で挽回することは難しくなる。

どの企業も最初から好業績企業だったわけではない。以前はブラック企業のように働き手に負担をかけることで財務業績を伸ばした企業が徐々に働き方を修正していって好業績企業になる例もあれば、スタートアップ企業のように最初はミッション・ビジョンなどありきでがむしゃらに働いて、徐々に財務指標を整えて好業績になるケースもある。事業のフェーズややり方によって変わってくるので、自社の状況に応じてどう財務と非財務を両立させていくか検討することが現代の経営の最適解だと言えるのではないか。

 

■日本企業が財務・非財務の両輪で成長していくための課題と対策

最後に、日本企業が財務と非財務をバランスよく成長させるための方向性を3つほど提案したい。

1つ目は、財務・非財務軸での事業評価軸の確立。申し上げてきたように、財務と非財務はどちらかが先ではなく、事業のフェーズや特性による違いを考慮しながら両立させ循環させるべきもの。また、せっかく人的資本開示を求められているわけなので、非財務指標を事業の現状や将来の方向性を評価・決定する際の軸の一つとして組み込むところまで進めてはどうか。非財務指標を開示・高めることだけを目的とする活用から、事業状態の把握と対策を目的とした地に足のついた運用へと進化・定着させるというものだ。

2つ目は、全社レベルの「戦略・方向性」「リーダーシップ」。財務・非財務双方を両立するために、全社レベルでの事業戦略の磨き込みを行い、最上流から経営陣による現場従業員の意欲・動機にまで踏み込んだ変革を行うというものだ。

3つ目は、事業利益の社員への還元・環境改善投資強化。好業績企業と日本平均を経年で比較すると「報酬・福利厚生」「リソース」「協力体制」といった社員への還元や環境改善に対する投資についての差異が特に大きい。国内においても人材の流動性が高まり就業意識に変化があることを踏まえると、非財務の観点から社員への還元や職場環境の改善を進めることで競合と差異化でき、優秀な人材が集まってきやすくなる。それが財務業績にもつながっていくので、この動きを強化・継続していただくことを推奨したい。

 

■Q&Aセッション

Q1 好業績を選出する際、エンゲージメントはなぜ中央値を使っているのか?

岡部 平均を用いると、何百社とある中で非常に高い、あるいは非常に低いといった外れ値に引っ張られてしまう。全体の中での上位グループを浮かび上がらせるためには中央値を使用した方が適切だと考える。

Q2 財務指標とエンゲージメントの因果関係についてはどのように捉えればいいか?

岡部 相互が影響し合っているため、相関関係はあるが因果関係はないと考える。単純にどちらが先ということは言えず、事業のフェーズによってどちらが時間的に前に来ることはありうる。

Q3 事業利益が出た際に、限られた原資を社員に均等分配するのではなくメリハリをつけようとすると、組合の力などで思うような人件費コントロールができない。どう解決すべきか?

岡部 即効性のある解決策はないが、エンゲージメントを経営評価の指標として定着させることは大事。利益が出たもののエンゲージメントが低迷して優秀な人材が多く辞めてしまい、原資を非財務に投資していればもっと利益が上がった可能性があるというケースもある。長期にはなるが、CEO、CFO、CHROの三頭体制で財務・非財務を議論する体制をつくることが必要だと考える。

Q4 エンゲージメント値の国別比較で日本が低いのは、日本人の回答特性によるものでは?

岡部 確かに、日本人は5段階評価であれば1(非常にそう思わない)や5(非常にそう思う)などの両端をつけない傾向はある。ただコーン・フェリーのエンゲージメント調査では、回答を肯定的/否定的とくくるようにするなど工夫をしているので、そこの影響はあまりないと考える。また、どの会社でも新卒や中途で入った社員が当初は高くつけるが、徐々に低くつけるようになるという傾向が見られる。これは組織風土に染まってきたと捉えるべきで、環境面に改善の余地があると考え方が前向きではないか。

Q5 エンゲージメント調査でダイバーシティに関する質問がないのは、エンゲージメントや業績への相関が薄いからか?

岡部 「個人の尊重」という項目でダイバーシティの要素を見ている。

Q6 サーベイ実施後の取組みとして、ボトムアップでの対話アプローチも必要だと考えているが、サーベイ数値をどこまでオープンにすべきか?

岡部 匿名性を担保しつつも、エンゲージメント結果をオープンにするのが今の流れ。集計数が5名未満だとクローズだが、それ以上なら課長レベルでも見ることができるようになっているケースが多い。全社の結果を共有している日本企業も増えている。ボトムアップでの対話が重要だというのはその通りで、サーベイをやったのであればきちんと結果をフィードバックし、改善に関する事業レベルと職場レベルでの話し合いをすべき。

Q7 報酬をエンゲージメントの要素から外した方がいいと聞いたことがあるが、本当か?

岡部 職場レベルではどうにもアクションが取れないというのはその通りだが、全社レベルでは対象にすべきだと考える。働く個人からすれば仮に自分の給与水準が低い場合、それがエンゲージメント低下の要因になることは十分に考えられ、だからこそ事業レベルできちんと議論し対策すべき。

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