【講演録】アジアで事業成長するためのエンゲージメント向上策

コーン・フェリーでは2024年10月17日に「アジアで事業成長するためのエンゲージメント向上策」と題するオンラインセミナーを開催しました。以下はその講演録です。動画は< https://vimeo.com/1020786571 >でご覧いただけます。

 

コーン・フェリー アソシエイト クライアント パートナー 岡部 雅仁

 

■日本企業にとって重要性を増すアジア現地法人

人的資本を開示し高めていこうと言われるようになって久しい。ここ1~2年の大きなトレンドとして、その範囲を国内だけではなくグローバルにまで展開しようという動きが生じている。経営対象となる海外の連結企業まで含める日本企業が急増しているのだ。その中で、ある程度現地任せになりがちな欧米の現地法人と違い、アジアについては進出の歴史が長く距離も近いため本社が直接手を下すことが多い。社員エンゲージメントを高め、その先にある事業を成長させていこうという取り組みだ。

私たちは昨年もアジアにスポットライトを当てたセミナーを実施し、好評を博した。今回は、エンゲージメントはもちろん、より事業的な文脈から見ていく。アジアが製造拠点から営業市場へと変わってきている中で、人事・組織の観点から何をすべきか考察したい。

 

■高まるアジアのエンゲージメント値

まず、コーン・フェリーでは「社員エンゲージメント(Engagement)」と「社員を活かす環境(Enablement)」という二つをエンゲージメントの軸として設定している。Engagementを「働きがい」、Enablementを「働きやすさ」と言い換えてもいい。「社員エンゲージメント」に加え「社員を活かす環境」も測るのは、個人がどれだけ組織への帰属意識を持って自発的に努力しようとしても、適材適所や社内の制度など個人が能力を発揮できる環境が組織内になければ意味がないからだ。

以下の図は、アジア太平洋地域に進出した日本企業の「社員エンゲージメント」と「社員を活かす環境」を国別にプロットしたもの。赤の棒が日本企業の現地法人の平均、ピンクの棒が国別平均、黄色の点々は各社のスコアのばらつきとなる。

まず前提として、社員エンゲージメントというのは国ごとの違いが大きい。国ごとに固有の労働慣行、法令、報酬市場などによってエンゲージメント水準は形成され、それが結果に対して大きく影響するためだ。そのため、国をまたいで自社内の各国の拠点を比較しようとしてもあまり意味がない。その国ごとの水準に対して自社はどうかという観点で解釈をしていく必要がある。

黄色の点を見ても、当然ながら各社のばらつきは非常に大きい。ただ、赤棒とピンク棒の差を見ると、決して大きな差があるわけではない。つまり、その国全体のベンチマークに対する日本企業の現地法人という観点で見ると、必ずしも日本企業が低いわけではない。概ねその国の平均と近しいところに日本企業の現地法人の水準はあるということだ。

 

■アジアのエンゲージメント値が比較的高くても楽観できない

以下は、各国の状況をまとめたもの。横軸に国、縦軸に「社員エンゲージメント」と「社員を活かす環境」の原因指標ごとにカテゴライズした。日本企業平均が国別平均より3%以上高い場合には緑、3%以上低い場合には赤で色分けした。

国によって大きく傾向が分かれていることが分かる。例えば、韓国やオーストラリアは比較的緑が多いが、中国、インド、インドネシア、フィリピンは全体的に赤くなっている。赤はつまり、現状ではその国の水準に劣っているということだ。

同じような考え方をもとに横軸で見ていくと、「成長の機会」「報酬・福利厚生」「業績管理」「権限・裁量」といった原因指標が総じて各国平均を下回っている。製造拠点が多いためか、日本的な年功序列や長期雇用の影響が出ていたり、日本人駐在員のマネジメントが現地社員に受け入れられていない、コストを低く抑えようという意識が見透かされている、といった課題が表出している可能性もある。

グローバルで社員エンゲージメント調査を実施すると、日本本社に比べアジア拠点が比較的高い数値が出がちなため、アジアはそのままでも大丈夫と楽観されるケースがこれまで多かった。しかし、潮流が大きく変わってきているということは抑えておきたい。

 

■アジアで事業を伸ばすために日本企業が取るべき対策

ここからはアジアで事業を伸ばしていくための日本企業の課題と対策に話を移す。どの企業も人材不足や人件費高騰に悩む中で、アジア各国の拠点への投資についてメリハリをつけようという動きがある。それに加えて市場開拓先としても、アジアは重要度を増している。つまり、製造拠点として確保し、生産性を高めながら、これから拡大していく富裕層や中間層という販売市場としての機会をどう取り込んでいくか。これが日本企業に共通して言えるアジア戦略の方向性ではないか。

以下は、アジア戦略を考える上でエンゲージメントの特徴をもとに整理したポイント3つだ。

1つ目は、これまで述べてきたように国ごとの違いをしっかり認識するということ。社員エンゲージメントは組織のコンディションを表す指標のため、国の違いを理解しながら、事業のコンディションに応じてきめ細やかに傾向と対策を捉えていく。こういったデータをもとにきちんと体制を作っている現地法人はまだ非常に少ないのが実態だ。

2つ目は、日本企業の強みを活かすこと。日本の駐在員に対する現地社員からの信頼感も含めた「リーダーシップ」「リソース」「教育研修」などが日本企業の強みであることは、調査からも明らかだ。

一方で、日本企業の課題が3つ目のポイント。「成長の機会」「報酬・福利厚生」「業績管理」「権限裁量」が日本企業に共通の弱みであることが調査結果に表れている。今後、営業組織や販売組織を大きくし、そこで人を採用しながら拡大していこうとする時に、人材の流動性が非常に激しく、厳しい人材獲得競争に直面するはずだ。その時に製造拠点のような考え方のままで展開をしていると、なかなか優れた人材が採用できない、採用してもすぐにやめてしまう、定着しないからエンゲージメントも高まらない、だから売上も伸びない、というような悪循環に陥る可能性がある。つまり、これまでと違うやり方での設計が求められているということだ。

 

■アジア市場において検討すべきテーマ

人事・組織上のテーマとしては、大きく「攻め」と「守り」の2つにくくれるのではないか。まず「守り」としては、現場に近い組織長のリーダーシップ開発が重要になってくる。アジア一律で右肩上がりに伸びていた時代ではなく、地政学的な要因などから国によって伸びる・伸びないが入り混じってくると、現地社員のコンディションも揺れ動きがち。苦境に陥ったときにリーダー層が組織状態に応じて優れたリーダーシップを発揮できるかが、現地社員のエンゲージメントやつなぎ止めに強い影響力を持ってくる。日本からジョブローテーションの一環として数年やってくるだけの駐在員だけでそこに対応しようとするのは容易ではない。本当の意味で帰属意識を持たせ、現地社員を鼓舞できるリーダーを育成することが課題だ。

「攻め」の方は、営業人材や組織をいかに拡充していくか。これについては、製造拠点における人材の考え方から変えていく必要がある。製造拠点においてはコスト的な視点や長期定着を是としがちだ。しかし、現地の若手営業人員を採用していこうと思うと、業績との連動性を高めた報酬など、より機動的な方策を検討する必要がある。それなのに製造拠点の発想で安定性や長期雇用をアピールし、年に数パーセント程度しか昇給しないというのでは、優れた人材を引き付けることは難しい。

 

■アジアにおける営業組織の拡充

具体的な施策としては、まず現地の組織長に対するリーダーシップ開発が重要だ。アセスメントで個の強みと改善点を明らかにし、そこに焦点を当てたコーチングなどで開発していく。本社主導の集合研修や理念を学ぶといった程度ではなく個にカスタマイズした取り組み、それも一回限りの支援ではなくジャーニーとして設計していく。そうすることで日々の業務において、配下のメンバーに対して自信を持って振る舞えるようになり、それがエンゲージメント向上にもつながっていく。その過程で事業戦略に合致した人材要件が明確化され、次の駐在員へのサクセッションプランニングとしての機能も果たすことになる。

次に営業組織をどう拡充していくか。人、プロセス、テクノロジーを組み合わせて強い営業組織を作っていくことになるだろうが、営業組織のタレントマネジメントという観点をお伝えしたい。まず上位層のポジションの人材要件をきちんと再定義することから始める必要がある。事業部のトップの人材要件、つまり役割や、発揮すべきコンピテンシー、持つべき具体的なスキルを自社の文脈やマーケットの中できちんと言語化する。そこを埋めていくために、社内候補者の特定領域を強化する。不足しているのであれば、外部から採用することも必要になってくるだろう。

続いて報酬については、営業担当のやる気を直接的に刺激する施策が必要だ。コーン・フェリーがグローバル300社の営業職を対象に実施したSales Maturity Surveyでは、営業業績上位20%の企業は「自社の報酬制度が会社の営業戦略と連動している」「報酬制度が営業チームのモチベーションの向上に寄与している」という設問に肯定的に回答している割合が高かった。これらは平等主義を是としがちな日本企業が苦手とする領域だ。現地の商習慣にフィットするよう、短期インセンティブ比率を高める、金銭的だけでなく非金銭的な報酬も整備することが強い営業組織を作る上で必要になってくる。

日本企業における営業はまだまだ属人的にやっているところが多いように見受けられるが、トップパフォーマーというのはたまたま成功しているわけではない。グローバルの好業績企業は、なぜ成功しているのかを科学的に分析をし、パターン化し、それを展開していくという取り組みをしているものだ。日本企業もそういった動きを取り入れることが必要になってくるのではないか。

以上、今後のアジア戦略の方向性を考える上で、少しでもヒントになれば幸いだ。

 

■Q&Aセッション

Q1 アジア各国の人材は、日本企業を含む外国籍企業よりも自国籍企業を就職先として優先する傾向はあるか?

岡部 以前は自国に産業が育っていなかったため、外国籍企業に勤めることがステータスという風潮があった。しかし、最近では地場のテック系企業が増えてきて、就職先として人気を獲得している。報酬調査を見ても、そういった国内企業がグローバル企業よりも高い報酬水準を提示し、優秀人材もそういった企業に集まる傾向が強まっている。日本企業としては、エンゲージメントをどう形成していくかが人材獲得競争を勝ち抜く上での重要ポイントになるのではないか。

Q2 現地幹部人材の育成に関して、日本国内における日本人幹部人材育成と比較して留意すべき点はあるか?

岡部 日本国内だと優秀人材の評判を人づてに聞くこともあるが、海外人材についてはそもそも見えていないという要素が大きいと思う。そのため外部アセスメントを行うなどして、客観性を担保するとよいのではないか。また、育成を考える上では年齢に縛られすぎないことが重要だ。国の平均年齢も若いため、本社と類似の人事制度を導入していた場合、年齢を基準にすると日本よりもかなり若い人たちが対象になりがちだ。人材の流動性も日本より高いため、現地に合った育成を検討することが大切だ。

Q3 離職理由について、過去は「働きやすさ」「柔軟性」「報酬」の順ではなかったか?

岡部 コーン・フェリーが最近発表したWORKFORCE 2024調査によると、考え方が変わってきている。勤務時間の柔軟性が上位に来ているが、これも働きやすさの一つ捉えられる。世界的にもリモートと出社のハイブリッドで、個人が選択できることが着地点となりつつある。働きやすさの解像度を高めて探ったところ、こういった要素が出てきている。

Q4 中国において、日本企業を志望する動機としては一番大きいのは何か? 外資系志望をしたものの、消去法的に日本企業になったというパターンが多いのではないか?

岡部 人が就職先を選ぶ理由を一般化はできないが、中国には日本に親近感を抱く層は一定程度いるのではないか。例えば、幼いころから日本のアニメなどを見て育った、日本語を勉強した、など。これがインドやシンガポールになると、こういった層ははるかに少なくなる。

Q5 アジアにおいてはインドと中国がエンゲージメントにおけるベストプラクティスという調査結果があったが、中国・インド企業のやり方をそのまま参照することには違和感がある。むしろ、日本企業の強みを適用することに注力することが大切ではないか?

岡部 仰る通りで、中国・インドのやり方が良いと言っているわけではない。中国とインドは国の成り立ちや経済的な側面も含め、どの企業もエンゲージメントが高く出がちだ。そのため、日本のエンゲージメント水準の感覚で見てはいけない。その高いところと比べて、自社の強さはどこかを見ていくことが非常に重要だと考える。

Q6 アジアのリーダーシップ開発時の教育コンテンツとしてお勧めするものは? 一般的なリーダーシップ研修の内容と違うものが必要か?

岡部 リーダーシップは時代とともに変遷しているので、最新のリーダーシップの考え方をきちんと取り入れた内容であるかが重要。以前は業績管理やプロジェクトの進捗管理といったことがリーダーの役割として重要だったが、今はメンバーのエンゲージメントを高められるか、意欲を喚起できるか、多様な人材を束ねられるか、といったことに重きが置かれる。

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